夏の思い出(長崎家族ツアー軍艦島上陸編)
下の画像は ここまでの経過は端折って 上陸ツアーで一番人気の撮影スポット!
レンガ造りの建物は 鉱山の中枢であった 当時の総合事務所です。

この総合事務所の中には 炭鉱マンのための大きな共同浴場が完備され
仕事を終えた後は ここで汚れを落とし それぞれの高層アパートへ戻っていったようです。
しかし 浴槽は石炭の汚れで いつも真っ黒だったそう(汗)
前室にある予備洗いで しっかり汚れを落としても 炭鉱マンの数が数だけに
本来の浴場へも 汚れは付いていったようですね。
ガイドさんによると それでもお風呂が 一番の楽しみだったようです。
話を戻して・・

上陸できるようになったとは言っても この地図で分かるとおり
見学が許されているのは 島の西側にあたる約3分の1部分のみ!
何せ 崩壊が激しく 生活拠点であった東側の小中学校や病院 一番大きい65号棟といった
生活臭のある部分へは 踏み入ることが出来ませんでした。




それでも 上陸して足を踏み入れると ここは地球上なの?
といった 宮崎駿アニメや 写真で見る海外の戦場跡のような情景が拡がってます。

地図で言う第2見学広場にて 先ほどのトップ画像を 引き気味で捉えると

右側に 主力抗だった第二縦抗坑口桟橋後が見えます。
この軍艦島(端島)では 1810年に石炭が発見され
細々と佐賀藩が採炭を行っていたのを グラバーさんとも関係の深かった三菱財閥が買い取り
1890年に三菱合資会社の経営となり 本格的海底炭鉱として採掘が始まります。
もともとの島は 現在の3分の1ほどの面積しかなく 採掘量が増えるにつれて
埋め立てや護岸整備を繰り返し 現在の形になったようです。
最盛期には 海面下1,000m以上の地点まで採掘し
採掘範囲は島面積の10倍以上に及んでいたようです。
さながら 海底油田における海上プラントの 海底炭田における自然の島版
といった感じですね。



埋め建てたコンクリートも 後年のものは現代工法に近いですが
その昔の時代は 大きな石を積み赤土を隙間に詰めるなど かなり前時代的でした(笑)
それもそのはず 明治期に作られた
天川(あまかわ)と呼ばれた接着剤を用いた 石積み工法だったようです。



この場所が B'zがプロモーションビデオで歌っている場所だそうです。
確かに カッコイイ場所でした。



ツアーガイドさんによると 後ろに見える正方形の建物が30号棟といって
1916(大正5)年に建てられた 日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造りの高層アパート!
しかし 日本最古の鉄筋高層建築が ここ軍艦島から始まったとは
当時の石炭関係企業の勢いを知るエピソードですね。
鉱員社宅として建設され 内庭には吹き抜けの廊下と階段があり
地下には売店もあったようで 当時は「グラバーハウス」とも呼ばれていたそうです。
ただ 間取りを見ると 6畳一間で 共同トイレ・共同炊事場・共同浴場のようですが
時は大正 これでもかなりモダンで贅沢な暮らしだったようです。



しかし いくら潮風に晒され 台風時には浸水したりするとは言え
100年弱で鉄筋コンクリートが ここまで崩壊してしまうとは ビックリです!
やはり 日本には 永い寿命で残せる建築が育たないのでしょうか。
ならいっそ 自然素材の木と紙で出来た 昔ながらの建築をベースに
現代の耐震技術を組み合わせたものとかに 一旦還ったほうが
大震災にたびたび襲われる日本に合ってて 人口減少のこれからの社会に
適合するのでは?
などと 100年前の人々が考えた近未来社会の廃墟跡を訪ねてみて 思うのでした。





山の上には 島民の生活を支える貯水槽が 要塞のように建っていました。




島の中央の広場には 精選した石炭を貯めておく貯炭場があり
そこへはベルトコンベアーで運ばれていました。
今は支柱のみが残り その名残を留めています。

いよいよ これで軍艦島ともお別れです!
最盛期には 約5,300人もの人が住み 当時の東京都の9倍もの人口密度を誇り
1974年1月の閉山時には 約2,200人まで減ったとは言え
高度経済成長期の日本を支えた 石炭産業の栄華を象徴した軍艦島!
まだ 繁栄期の余韻を残したまま閉山し 島を離れたためか
はたまた この上陸日の天候が良かったためか 寂びれてはいても
どこか明るく 陰気な雰囲気がしない 不思議な島でした。
それは 当時の住民たちの証言からも明らかですし ガイドさんもそう言ってました。

文明とは何か! 人間の幸せとは何か! 色々と考えさせられましたが
それ以前に 廃墟カッコイイ!! と素直に思ってしまったのは内緒です(汗)

片道40分の船旅を終え

行きに撮影しそびれた 今回のツアーを支えてくれた はやて2号!
余りの天気の良さに 午後からは積乱雲が発生し 早めの夕立が降って来ました。

当時 黒いダイヤと言われた石炭を前に 当時の人々は何を思ったのでしょうか?
今なら さしずめレア・アースとか 貴重金属になるのでしょうかね。
これにて 軍艦島上陸編を終わりますが 大人の社会見学として
これ以上の題材は無い!と言っても過言でない 満足度でした。
では次回 このあと向かったハウステンボス編へと続きます。つづく・・
by lancista | 2011-09-10 13:23 | Travel & Gourmet


