私の車遍歴(いすゞべレットとの出会い!GTR編)

先日行って来た 疾走するアート日本車展 に玉子色のべレットが展示されており
久々に 20歳代に乗っていた 同じ色に塗り替えた いすゞべレットのことを思い出した!

我が家ヒダマリハウスを建ててから 整理してなかった 昔の写真を引っ張り出し
振り返ってみたいと思うので お付き合いいただけると幸いである。
今回は 3台乗り継いだべレットとの最初の出会い べレットGT typeR編をお送りしようと思う。

19歳で中型バイクの免許を取り ヤマハSRX-4>ヤマハSDR>カワサキ90SS
21歳で保険料が下がるのを待って VWビートル(1964年式)に乗っていたが
安月給の身で 親元から離れ岡山市で一人暮らし 当時は1年車検!の旧車にバイクとあって
アパートを新築のコーポに引っ越したのを機に 90SSのバイクだけ残して売払ってしまった。

しかも これからは燃費の良い普通の車(カペラ・ディーゼル中古)で 故障の心配も無く遠出して
遊びに出掛けよう!と考えていたのに これが1ヶ月も経たないうちに忙しい部署へと転勤となり
休日は寝てるのが最高! なんて不健康な日々を送っていた。
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そうなると 夜中の2号線バイパスやブルーハイウェイ 金甲山や鷲羽山を攻めて(ローカルネタ)
数時間でストレス解消!となる 短距離痛快マシーンが欲しくなる。
以前は ビートルがお洒落して繰り出す用 バイクが痛快用と 役割分担明確で良かったのだが
当時(1988年頃)でも旧車だったバイク 90SSでは ちと荷が重い!

バイクの専門誌から入って 車の専門誌も 色々と読み始めていた矢先
アルファロメオ・ジュリア・クーペ なんてどうだろう?との思いが過ぎる!
そう VWビートルに乗っていたら いつかはポルシェ356!と思って買っていた外車の本に
載っていたイタリア車に いつしか惹かれていたのだった。

だが 度重なる修理や維持費に追いかけられる日々からは しばらく遠ざかりたい・・
なら 国産車で多少は安心?でイタリア車の雰囲気を持った 117クーペ・ハンドメイドなんかは?
ウッドのインパネに並んだ7連メーターに NARDIのウッドステアリングで決めて等々
妄想が拡がりつつ 出掛けた国産旧車専門店で この車べレットGTRが待っていた!

そこでは・・



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かなり国産旧車を乗り継いで 営業トークなんかじゃなく 本音トーク全開の店長が
「117クーペなんて止めておきな!ボディは美しいけど 乗ったらフローリアンだぜ!」
でも DOHCでしょ!と切り返すと (リサーキュレーティング・ボールの)
「スローなハンドルだし リアは板バネで 乗ったらガックリ来るよ!
ナイスバディと思って寝たら マグロ女だぜ!」と 散々な本音トーク!
(多少は脚色がありますが そのような会話でした:笑)

それよりは コイツにしときなよ!とりあえず乗ってみるか!と
べレットGTRの まずは助手席に座らされ お店の人がハンドルを握りエンジンを掛ける!
グゥオ!グゥオ!とソレックス44パイとファンネルに替えられたそれは 雄叫びを上げる!

お店の裏に走ってる2車線の交通量の少ない 出来たてホヤホヤの道路で
信号待ちで先頭になると しっかり掴まっててネ!と言われたと思ったら
ギャッと ホイールスピンの音と共に飛び出し グングン加速して行く!

4速MTの レッド7000rpmまで引っ張ると ローで60km!
ここで2速に放り込むと またも ギャッとタイヤが鳴ったかと思うと
少し息の長い加速で セカンドで120km!
さらに3速に放り込んだのに またしてもタイヤが鳴る!
サードでホイールスピン??? などとの思いをよそに 150km手前で
まぁ このへんにしておくか!と急ブレーキで 制限速度の60km付近まで減速・・

助手席で フラフラと半ば放心状態になりながら お店へと戻り
今度は 自分で運転して来なよ!と促されるまま 別ルートの飛ばせる道へ・・
そこで 悲劇は待っていた!
同じように ローで60km セコで120km サードへ入れようかとした その時
警察官が飛び出して来た!のでした(涙)。万事窮す。。。

かくして ちょっとそこまでの試乗が まさかの40kmオーバー!
少し前にもバイクで捕まり 累積6点で短期講習を受けて来たばかりなので
90日免停 講習2日受講でも 45日免停の辛い日々を過ごしたのでした(涙)

実はこのべレG-R 本物ではなく1800NにW161型の1600ccDOHCエンジンを積み換えたもの。
しかし 当時本物GTRは 120~150万円はしてたところ エセGTRとあって 店頭80万円!
憧れのジュリアは段付き250万円~ フラットノーズでも150万円~ 修理費に100万円は余分に
なんて言われてた時代。だが バブル前夜のこの時が ほぼ底値だったとは後の祭り。。。
本物6Vのバリ物コンディションだったビートル(この話もいずれ・・)に 疲れてた気分もあって
その方が 今の自分には合っていると思い決断!
オマケで 罰金金額相当の5万円も安くしてもらい 75万円!で手に入れたのであった(笑)

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これは その免停通知が届く前に お店主催のツーリングに 吹屋ふるさと村へと出向いた写真!
さすがに ところどころハンドルは友人に委ねて 私は運転少々&助手席メインで参加してました。
1988年9月18日と 日付が入ってますね。

そのお店は 80年代当時のバイク屋さんのように 毎月どこかへツーリングを行っており
キッチリ整備して 旧車と言えど とことん性能を出し切る!のがモットー!!
なので 個体差で安全マージンがとってあるであろう カタログ最高速は超えないとダメだし
レッドゾーンは ぶち当ててナンボ! というか普通に回せないとダメでしょ みたいな・・

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この度重なるツーリングの助手席 時には運転席で バリバリに仕上げた
S54Bやら SR311やら スカイラインGT-Rやら コンパーノやら 117クーペに ブル510に
大抵の国産旧車には乗せてもらいました!それも しっかりと性能を使い切るレベルで(汗)

ここで ヒール&トゥやダブルクラッチといった運転技術も 見よう見真似で覚えたし
何より 旧い車を盆栽や床の間車のように飾っておくのではなく
早め早めに しっかりとメンテし しっかりと使い切る! という
その後の 私の車趣味スタイルの原点を築いてくれた お店と その常連の皆さんなのでした!

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( ↑ コチラは拾った画像ですが GT typeR と言えば 定番のオレンジにつや消し黒ボンネット) 
1200cc 34ps 640kg OHしたとは言え 各ギア×35kmがせいぜいのビートル!
どこに入ってるか不明のコツが必要なシフトに 下から生えたヒール&トゥし難いペダル配置。
RRならではのその操縦性は アクセルで曲がるある意味バイク的で 面白かったが
絶対的にはアンダーパワーなうえ 空冷ゆえ日常の取り扱いも 色々と気を使う必要があった。 

そこから乗り換えた べレットGTRもどき(笑)は 1600cc 120ps 970kgなうえ
ロー60km セコ120km 3速160km 4速200km(メーター読み) まで伸び
さらに 手を下せば そこにある小気味良い カチカチと決まるシフト!

ラック&ピニオンのダイレクトなステアリングと ロックtoロック2.8回転というクイックさで
ハードブレーキで前荷重とすれば ダイアゴナルリンクのリアは ポジティブキャンバーとなり
FF並みのタックインを誘発し クリップを過ぎて踏めば リアはネガティブキャンバーとなり
粘りながらも ズルズルとコントローラブルに ブレークを誘発しドリフトアングルを維持する!
ここらへんは 当時のサスペンション開発者の裏話が面白いので 参考にどうぞ。

これは 4輪でありながら バイクを操る楽しみにも似た 痛快マシーンだ!と気付くには
そう時間は掛からなかった。
そこへ追い打ちをかけるように ソレックスのキャブ吸気音と 純正4>2>1タコ足の排気音が
聴覚からも 刺激をこれでもか!と畳みかける!!   

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売っていた時は GTR定番の純正風に ボンネットが黒く塗られていたのを
赤(ブルーバード910純正の赤らしい)一色へと塗り戻し カンパニョーロ101を履き
ステアリングは ナルディのウッドで決めて 和製アルファロメオ・ジュリアとも言われた
べレGーRを 得意気に乗り回していたのだが そう甘い蜜月は 続かなかった。

あろうことか 買って4ヶ月ほどしか経ってない正月休みに 実家に帰省していざ戻ろうかと言う
明智峠で 急にトルクが無くなり 走らなくなってしまったのだった(涙)
半クラで 何とか誤魔化し帰宅し 後日エンジンを開けてみると ピストンがグラグラ(驚)!
良く良く聞いてみると DOHCエンジンを解体から積み替えただけなので 保証は無いとのこと。
泣く泣くOHするついでに 85パイまでボアアップし 1700cc 圧縮比10.3>10.8へと変更!
中山サーキットで ジェミニZZやA型サニーで常勝だった チューニングショップでOHしたので
それはそれは かなり気持ち良いものでした!!

2月にエンジンが仕上がり 1000kmまで3000回転 2000kmまで4000回転
3000kmまで5000回転と 慣らしも順調に終わって これから全開だという矢先
4月から 出身地地元米子へと転勤命令が下る!と言っても 望んでいた転勤ですが・・

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そしてこれが 4月1週目に行われたツーリングで 鳥取砂丘隣の畑で撮った最後のショット!

と言うのも 翌週 転勤前の岡山へ 旧友へと会いに行った帰り 豪雨の四十曲峠の下りで
リアがブレークし カウンターを当てていたものだから インの縁石にヒットした反動で
そのままアウトのコンクリート壁へ突っ込み 全損となってしまいました(大泣)!!

この時ほど 瞬間瞬間が止まって見え スローモーションで時が流れた記憶はありません!
死ぬ時は走馬灯の様に これまでの人生がフラッシュバックする!と言いますが
本当に 23歳までの人生が早送りで流れるとともに 今起こってるシーンもコマ送りで流れ。。。

べレGを買ったお店の人達の 過去に聞いていた武勇伝で 2点式シートベルトでも
ハンドルを手を伸ばさずに脇を締めて握っておけば ハンドルが曲がって吸収するよ!
なんて話が 現実に我が身に起こるとは 思っても見ませんでした!!

事実 ナルディのウッドハンドルは逆ディープコーンとなり(汗) 顔面は強打したものの
歯は折れず 顔を2~3針縫っただけで済みました。口の周りはかなり腫れましたが・・
運転席側の前面からヒットしたので 運転席側ドアは前後に押しつぶされ開けることが出来ず
ハザードを点灯して 助手席から脱出!
対向車が来ていたら 死んでたかも?と思うと 本当に運が良かったと思います(大汗)

せっかくOHしたエンジンも 慣らし終わったばかりで 全開の7000rpmは未体験(涙)
6000rpmくらいまでは 数回体験しましたが 1t 弱の車体には十分なパワーで
思わずアクセルを緩めるほどでした! なのに 一番美味しいとこを未体験なんて。。。

しかしながら 後日 持って帰った車体を眺めると エンジンは腰下を突いて割れており
運転席側のCピラーは歪んで 塗装が割れておりました。改めて事故の大きさを再確認。。。

このような 怒涛のべレットGT typeRとの半年を過ごし 次の車を模索することになります。
そこで選んだ車は 周囲の普通の車にしなさい!との声を押し切り?
またしても べレット1500DX! ワンキャブの4MT 68psしかない車でした。
と言う訳で 次回 またまた波乱万丈?のべレット・セダン編へと続きます。つづく・・

by lancista | 2010-02-15 19:51 | Car life & event  

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